 |
 |
第23回放送 平成17年9月8日(木)
はい今日は生臭い坊主阿部良弘です。今日も先週に引き続き遺言ノートの内容について残りの項目をあげてみる事に致します。第九に宗教儀礼は仏教式あるいはキリスト教、あるいは無宗教でするか決めて置く事、第十に仏教式ではどの住職にお願いするかあるいはどこの牧師さんにお願いするか決めて置く事、第十一に会葬礼状はありきたりな文章でなく自分で生前に書いて置く事、第十二に会葬者へのお礼の言葉も喪主に任せないでご自分で生の声をご生前にテープをとって置くことも可能です。第十三に本人の経歴を書き残して置く事、又は自叙伝を生前に作り子供さんに残して置く事も必要かと思います。第十四に子供や孫に伝えたい事を手紙や言葉にして残して置く事、第十五に告別式に自分の好きだった歌や音楽を選んで置く事、又生の演奏をお願いする事もよろしいでしょう。第十六に友人代表として弔辞を言って下さる人を選んでお願いをして置く事、第十七に自分の生前の幼き時代から今日までの想い出の写真を展示する事を決めて置く事、第十八に葬儀の費用については生前に信託銀行にあづけて置く事、第十九に遺産相続については別途に弁護士を通して書き残して置く事、以上ご生前に遺言ノートとして書き残して置く事が自分らしい葬儀を行う事に成るのです。又来週木曜日のこの時間にお会い致しましょう。
|
 |
第22回放送 平成17年9月1日(木)
はい今日は生臭い坊主阿部良弘です。 今日は「自分の葬儀は自分で決める」と題して先週お話し致しましたがその遺言ノートにどのようにまとめるかについて説明する事に致します。自分らしい葬儀をして頂くために、ご生前に自分の希望する事を遺こすことで有ります。生き方のすばらしい人は死往く時もすばらしいのです。今ご自分の人生を振り返り、堂々と胸をはって子供や孫に語り残しておく事が自分にとって最後の仕事でございます。それではどのように書き残して置くか説明致します。 第一に死に水をとって頂く人を誰にするか、第二にご自分が着る服を決めて置く事何も礼服や経帷子にこだわりません。第三に訃報をお知らせする人、第四にご自分の気にいった遺影写真を作って置く事。第五に葬儀社を選んで置く事、自分らしい葬儀をして頂く拓商にすべて打ち合わせをして置く事、第六に葬儀告別の場所を選ぶ事、会葬者の事を気付かって快適な安心のおける場所を決める。第七にお棺と壷を決める、お棺にしても自分で気に入るように作ってもかまわないのです。壷にしてもご自分の寝室ですから安っぽい壷ではゆっくり休まれません。第八に祭壇の花は自分の最も好きな花を入れても良いのです。あるいはありきたりな白木祭壇はやめて自分の好きなゴルフ場の祭壇を作る事もよろしいね。 まだまだ続きますので、又来週木曜日にお会い致しましょう。
|
 |
第21回放送 平成17年8月25日(木)
はい今日は!阿部良弘です。今日は「自分の葬儀は自分で決める」と題してお勉強を初めます。人間「生」有れば必ず「死」が訪れます。さけては通れない事実。そこでご自分の葬儀は子供任かせにする事なくご自分が生きている時に決めて置く事が大切なのです。生き方のすばらしい人は死に方もすばらしい。私はこのような生き方をした何人かの人と出逢いがありました。生前は社会的地位の有る方で人間的にもすばらしい方で有りました。ご自分で死期が近づくと元気な内に遺言ノートを作っておられたのです。何一つ家族が迷う事なく、争う事なくスムーズに葬儀が行われたのでございます。人や家族を心から愛する人は自分の死に際してでも家族に負担をかけない迷惑をかけない、又財産相続に関しても家族の争いをあの世から見ることは悲しく切ない。 家族はいつも平和で有って欲しいとの気持ちが遺言ノートにすべて記されておるのです。生き上手は死に上手と言われますが人間ご自分の死期が近づくと支度をする事が人間最後のおつとめではないかと思うのであります。 さて来週はどのように遺言ノートをまとめるかその内容について詳しくご説明する事に致しましょう。 それでは来週の木曜日この時間にお会い致しましょう。
|
 |
第1話 お焼香の作法
皆様!お焼香の作法が気になりませんか?お香を三本の指でつまんだ後、頂くのか、頂かないのか。或いは焼香の回数は何回が正しいのか、お迷いじゃありませんか……。 お香は頂いても、頂かなくても良いのです。頂くと言う意味は、仏様から頂くので丁重に、厳かにお頭まで上げることなんです。 これはご宗旨によってそれぞれ正式な作法は決まっておりますが、余りこだわらなくて結構です。それからご焼香の回数も、何回してもよろしいのです。納得が行かねば極端に言えば十回やっても二十回でも、貴方の好きなようにすれば良いのです。 しかしそうかといって、ご遺族からお借りしたお香ですから、大きな指で十回もされたら、お高いお香もたちまちに無くなるし、後ろで長く待たされている会葬者にご迷惑をかける事になりますね。正式な回数はそれぞれの宗旨によって決まっていますが、余りこだわらないようにしましょう。
|
 |
第2話 お香はなぜ燃やすのか
お釈迦様の生まれたインドは、灼熱の太陽のもとでの庶民の暮らしでした。大変な汗で、まとった衣も汗臭く体臭もひどいものでした。ある時あのお偉い高徳な仏陀と呼ばれるお釈迦様の説法を聞くために、自分の体臭を放つ事は仏陀に対して大変申し訳ないと重い、自分で香り良い木を切って木片にして燃やし、その香りの良い煙りを体に振りかけ、又釈迦と同じ仏になるため自分の心も美しく綺麗に清められたのでございます。 つまり仏教で言う、人間もって生まれた「悪い煩悩」、つまり悪い欲望を無くす事を意味しております。あの時代にもし香りの良いシャネルの香水でもあれば、それを体に掛けて説法を聞かれたのではないかと思いますね。 以上の理由によって、第1話でお話をしましたお焼香の回数はこだわらない、と言う意味がお解り頂けたかと思います。そこでお葬儀の時もなくなられた故人は、ご本尊のお力を頂いて釈迦と同じように成仏しておられますので、そのご仏前に於いてはお香で身と心を清めるのであります。 お香は本来自分のお香を使い、人から借りるものではなかったのです。 できるだけ良質のお香を使い、目に染みるような安っぽいお香は避けたいものです。 現在では御遺族の方がお香を買って準備をしておりますので、そのお香料としてご香資香典をお包みするのであります。(一昔は遺族の方が弔問者に対し、布施としてお酒や食事の振る舞いをされました。ですからお米を香典として差し上げたのでございます。)
|
| |
|